第9章 臨床心理学
9-1. 臨床心理学とは
臨床心理学では心の問題を抱えている人(クライエント)を支援することを主な目的 実践なくしては学問が成り立たない
臨床: 病人の床のそばに行き、診断や治療をすること 現代では患者自らが病院に出向くほうが一般的
通常は各種相談機関に来てもらうことから始まる
巡回相談のように臨床家が定期的に教育機関や福祉施設を訪問することもある
災害や事故が発生したとき等、クライエントのもとまで直接出向くこともある
対面だけではなく、電話やメールを使った相談活動も行われる
研究方法の系譜は3つ
統計的分析にかけることで標準的な傾向とともに逸脱傾向を明らかにする検査が開発された
心理学の伝統的な手法である実験法
認知心理学のち県を取り入れた認知療法の発展へとつながった 現在
当事者だけでなく、当事者の周囲へのサポートや、一般の人々を対象とした予防的なアプローチも研究や実践の対象
心理療法の効果を科学的に検証する
「どの技法がより有効か」ではなく、「どのような問題にはどのような介入法が有効か」
9-2. 心理アセスメント
クライエントの現状や成育歴、パーソナリティ、問題の規定因などについて情報収集・分析する過程
アセスメントは臨床家が主導して行うものだが、その過程ではクライエントは必ずしも受け身でいるわけではない
クライエントも臨床家を観察している
アセスメントの過程は信頼関係や協働関係を築く大切な場面
心理アセスメントの3つの手法(単独で用いることもあれば、同時並列的に用いることもある)
クライエント、もしくはその身近にいる人から対面で聞き取りを行う
主訴や相談までの経緯などについて尋ねる
信頼関係の構築の意味からも、共感的に耳を傾けることが求められる
クライエントの行動(発言や動作、姿勢、表情、他者との関わりなど)について観察を行う
幼児など、言語で十分な情報を得ることが難しい場合には、遊び場面や生活場面などの観察と、養育者との面接を並行して行う事が多い
研究を目的とする場合に用いられる厳密な手法(時間見本法や場面見本法など)を摂ることは少ないため、得られる情報が観察者の力量や主観に左右されやすい 言語によるコミュニケーションが可能な場合は、面接の中で同時に観察を行う事が多い
標準化された発達検査や知能検査、性格検査を用いてクライエントの特徴を探るもの
標準化: 実施法や採点法、結果の解釈の基準が明確に定められていることを指す 子供の情緒や行動面の問題を調べる検査や、特定の発達障害(自閉症やADHDなど)のスクリーニングを行う検査、青年や成人の抑うつ傾向を調べる検査なども多数開発されている 9-3. 心の病
「心に問題を抱えている」という状態は様々
短期間で終わる人もいれば長期にわたるサポートやケア、矯正教育が必要な人もいる
いじめやハラスメントに苦しんでいる人には、カウンセリングや心理療法だけでなく、環境の調整も必要
本人が言葉で訴えることが難しい場合や、問題を自覚していない場合は、身体症状(心身症)や行動上の問題(習慣や攻撃的行動など)として現れる事が多い 子供に見られる習癖(上村, 1991; 田中, 2012)
指しゃぶり、爪噛み、舌なめずり、鼻・耳ほじり、目こすり、抜毛、咬む、引っ掻く、引っ張る、擦る、性器いじり、自慰
律動性習癖(リズム運動): 頭打ち、首振り、身体揺すり 常同的な自傷行為
チック
多動
歯ぎしり、指ならし、身体ねじり
日常生活習慣に関する癖
食事: 異食、偏食、拒食、過食、少食
睡眠: 夜泣き、夜驚、悪夢、夢中遊行、就寝拒否、過剰睡眠
排泄: 遺尿、夜尿、遺糞、頻尿
言語: 吃音、早口、幼児語、緘黙
体質的要素の強い癖
反復性の腹痛、便秘、下痢、嘔吐、乗り物酔い、頭痛、立ちくらみ、咳嗽、憤怒痙攣(泣きいりひきつけ)
性格、行動に関する癖
泣き癖、人見知り、内弁慶
その他の習癖(非社会的など)
嘘言、盗み、金銭持ち出し、徘徊、嗜癖
精神疾患を持っているかどうかを診断する基準
国際疾病統計分類(International of Classification of Diseases: ICD) 1900年に初版、ほぼ10年に一度改訂
身体疾患を含む疾患全般を取り上げている
1952年に初版
精神疾患だけを扱っている
1980年代以降、実践と研究の双方でDSMが広く用いられるようになっている
DSMでは特定の精神疾患について、原因を推定するのではなく、言語報告や観察が可能な症状をリスト化し、それにどれだけ当てはまるかに基づいて診断を行う
その症状がどれだけ持続しているか、日常生活に支障が出ているかどうかも診断基準に含まれる
こうした指標により診断をより客観的に行えるという利点
マニュアルは市販されているが実際に診断を行えるのは医師のみ
診断の名称や基準は時代と共に変化しており、概して細分化の方向に向かっている
DSM初版(約60種類)→DSM-4(約300種類) 第5版では発達障害(通常、幼児期、小児期または青年期に初めて診断される疾患)が神経発達症群(Neurodevelopmental Disorders)という名称に変わっている 医学や心理学における実証的なデータが積み重ねられるにつれ、また社会の変化や要請を受けて、少しずつ名称や区分が変化してきている
原稿の診断基準が必ずしも絶対的なものではなく、今後も変化していく可能性がある
習癖や不登校、引きこもりなどのように、必ずしも精神疾患に分類されない不適応もある
多様な症状を分類し、名称をつけることは、疾患を秩序立てて理解するだけではなく、それぞれに応じた適切な治療法や対処法を見つけ、原因を究明する研究の進展にもつながる
症状に名称が付けられることによって、その人を見る目にバイアスがかかるという批判(Rosenhan, 1973)
過剰診断や過剰投与の原因にもなるという批判(Frances, 2013)
精神疾患の現れ方や捉え方は文化によって異なる(Marsella & Yamada, 2007)
9-4. 心理療法
要因や問題の現れ方は一人一人異なるため、対処法もそれに合わせていく必要がある
個別の事情を抱える人に対して、訓練を受けた臨床家が心理学的技法を用いて心の健康の回復や成長を支援することを指す
カウンセリングはその一つで、比較的健康度の高いクライエントを対象に実施されている 疾患の種類や症状の重さによっては、医療的ケア(薬物療法)や環境調整を行う必要があるため、他機関との連携も求められる
心理療法のアプローチは400以上あるとされる
実際には単一の手法よりもいくつかを組み合わせた折衷的なアプローチが取られる事が多い
9-4-1. 精神分析療法
心理療法の先駆けとなったのがフロイトが創始した精神分析 エス(イド): 無意識的・本能的なエネルギーから成り、不快を避け、快を求める快楽原則に基づいて機能する 自我: エスから分化したものであり、現実原則に従って意識的にエスの機能を調整し、現実への適応を図ろうとする 超自我: 養育者のしつけや社会の要求を内面化する形で形成され、道徳原則によって機能する 3つの機能は相互に力動的に関わっており、それらの無意識レベルでの葛藤が心の病をもたらしていると考える
精神分析療法では無意識レベルでの葛藤を意識化することにより、抑圧された感情を解放し、クライエントが自己洞察できるようになることを目指す
自由連想法: クライエントは心に浮かんだことを自由に話すように求められる セラピストはクライエントの話す内容や話したがらない内容を分析し、解釈することでクライエントの気づきを促す
現在ではフロイトの理論のうち、幼児期決定論や記憶の抑圧に対しては否定的な見解が多く出されているが、人の心に無意識的な働きがあること、不安や脅威に対してさまざまな防衛が働くことは実証されている(Myers, 2013)
フロイトの理論・技法はその後、アドラーの個人心理学やユングの分析心理学など多くの学派に別れ、より現実に即した形でのアプローチへと発展してきている 9-4-2. クライエント中心療法
1930年代のアメリカで行われていた心理療法は相談を受ける人のことをペイシェントと呼び、権威主義的なものだった
人間には自ら成長しようとする力と自己実現を目指す傾向が備わっていると考える
クライエント中心療法の三大要素は治療効果も確認されており、基本的な技法として幅広い分野で使われている
復唱したり言い換えたり、意味を明確化しながら共感的に話を聴くこと(積極的傾聴)も求められる 受容的関係の中でクライエントは防衛的でなくなり、自己の感情を自由に表現し、自己理解を深めていく
精神分析療法と同じところ
心理的葛藤を軽減し自己洞察を目指す点
クライエント自身の力を信頼する点
病気を治すというより成長を促すことに焦点を当てている点
過去の無意識的な経験よりも現在の意識的な思考を重視する点
9-4-3. 行動療法
行動療法: クライエントの内的な洞察を目指すのではなく、問題となっている行動そのものを変えようとするアプローチ 1960年代に発展
クライエントの抱える問題を学習された行動とみなし、その変容を引き起こすことによって、問題の解決や心理的苦痛の軽減を図ろうとする
不安を起こす刺激に対して、想像上あるいは実際に曝露することによって慣れをお越し、不安を克服していくもの
クライエントに不安や恐怖を感じるものを列挙してもらい、それを弱いものから強いものへと並べていく
完全にリラックスできるようになったら、まず不安刺激の弱いものをイメージしてもらう。
段階的にステップを踏むことによってより大きな不安を克服していく方法であり、不安症や恐怖症の治療に広く使われている 子どものしつけなど、日常的に使われている手法
過程では、お菓子や玩具、罰が用いられることもあるが、こうした強化子の慢性的な使用は問題を引き起こしやすいため、臨床現場では主に称賛と注目を強化子として用いる
問題行動を環境との相互作用の中で捉えようとする学習理論に基づくアプローチ
行動の綿密な観察や報告に基づき、「先行要因―(問題)行動―随伴要因」の三項随伴性を明らかにする こうすることで個に応じた問題解決策を立てやすくなり、またチームで対応することが可能になる
9-4-4. 認知療法
認知療法: クライエントの行動というよりは、ものの見方(認知)を変えることで苦痛を和らげたり、問題を解決しようとする技法 認知心理学の隆盛を受けて、1970年代ごろから広まった
ある場面で生じる感情や行動は、その原因となった出来事そのものではなく、出来事をどう捉えるかという認知が影響していると考える
ベックらによれば、うつ病の人は不合理で偏った自動的思考をする傾向があり、そのため過度に否定的な感情(怒りや落ち込み、不安、悲しみなど)を経験しやすいという(Beck, et al., 1979) そうした偏った思考に働きかけ、より前向きで現実的な考え方ができるように援助する
思考の偏りの例
面接場面でのやり取りに加え、面接外でもセルフ・モニタリング(日々の出来事とそのときの思考、感情について記録をつけるなど)を行い、思考の偏りを修正したり、肯定的な感情が生まれるような行動を多く取るようにしていく
行動の多くは認知(思考や言語)によってコントロールされている点に着目し、そうした認知に関する自己教示を変えることで、セルフ・コントロールを高めていく方法
ただし、一般に長年培ったものの見方や行動パターンを変えていくのは容易ではなく、それなりの時間とエネルギーを要する
家族療法: 家族をシステムとして捉え、関係性の中で問題を把握し、解決を図ろうとする 集団療法: 集団で心理療法を行う。1対1では得られない効果が期待できる 同じように悩んでいる他者は安心感や励みにつながるし、社会的スキルのトレーニングにもなる
断酒会のように自助グループもある